涼宮ハルヒの自殺
桜が咲き誇り春の陽気も麗らかで芝生で呑気に昼寝でもしたい、と意気込んでいたある日の事、涼宮ハルヒが自殺をしたらしい。
あの、涼宮ハルヒ、がだ。
教壇に立つ担任はなんとも言えない表情を見せていた。朝倉さんは当たり前のように泣いていた。谷口は豆鉄砲でも食らったかのように口をパクパクさせていた。国木田は机に突っ伏していた。
やけに周りのクラスメイトばかり目に入る。
その時、俺はどんな顔をしていたのだろう。
口うるさくて頭が良くて運動も出来たが、かなり変人な涼宮ハルヒの席には一輪の花がささった花瓶が置かれていた。
俺は……どんな顔をすればよかったのだろうか。
教師曰く、首吊り自殺だったらしい。あの涼宮ハルヒはどのような顔をして死んだのだろうか。
むしゃくしゃする。国木田のように机に突っ伏した。
目を閉じても寝られない。胸がざわざわする。胸が締め付けられる。息が早くなる。
「キョン……」
後ろから声がした。
「死んだ世界の方が、面白そうじゃない?」
涼宮ハルヒの声がした。
楽しそうな涼宮ハルヒの声がした。
俺は早退をした。
教室にはまだ涼宮ハルヒの香りが染み付いているからだ。
クソ、なんで死んでまで俺に迷惑をかけるんだ。
もうお前なんてウンザリなんだ。
SOS団? そんなの俺は知らない。
宇宙人も未来人も超能力者も俺は知らない。
涼宮ハルヒと関わらなければあんな奴らと会うことだってなかったのだ。
涼宮ハルヒが死んでしまえばあんな奴らと会うこともないのだ。
「ハァ、ハァ……」
息がしづらい。激しくなる心臓を捻り潰したくなる。
「ハァ、ハァ……」
自転車を無心で漕ぐ。
カチャカチャカチャカチャ……。
カチャカチャカチャカチャ……。
いつもの道を帰っているだけなのにどうしてこんなにも遠いと感じるのだろうか。
足が重い。何かに引き摺り込まれそうだ。
足が……。
「キョン」
声がする。
「ポスト、見てね」
涼宮ハルヒの声がした。
なんとか家に着いた俺は涼宮ハルヒの声の言う通り、ポストを開けた。
そこには、涼宮ハルヒの遺書が入っていた。
「やめろ……」
涼宮ハルヒの遺書によると、涼宮ハルヒはこの世界に飽きたそうだ。涼宮ハルヒは死のおかげで楽しい世界へと赴くことに成功したそうだ。涼宮ハルヒは俺がいる世界よりも死後の世界の方が楽しいそうだ。
涼宮ハルヒは俺も死後の世界へと連れて行きたいそうだ。
「早くこっちに来なさいよ、キョン!」
涼宮ハルヒの声がする。
「こっちの世界は、素敵よ!」
涼宮ハルヒはここにいる。
涼宮ハルヒは後ろにいる。
涼宮ハルヒは笑っている。
俺は今きっと笑っている。
涼宮ハルヒも笑っている。
涼宮ハルヒの鬱病
アイツが何かをやり始めると俺は大体胃が痛くなる。これはきっと何かの予知に違いない。俺も今日から超能力者ってか。馬鹿馬鹿しい。
「キョン!バイトを辞めるわよ!」
またか、ハルヒ。
お前は何回バイトをやめてどれだけバイトの人に迷惑をかければ気が済むんだ。
「やれやれ……お前はいつもそうだ! また鬱病になって寝込むんだろ!バイト辞めるの何回目だ!こっちの身にもなれ!」と俺が返すとハルヒは居心地の悪い顔を見せた。
またその顔をしやがって。そんな顔をされると反論をしにくくなる。
「うるさい! アンタは黙って私の意見に頷いとけばいいのよ!」
古泉は「キョンくんのせいでまたあちらこちらで閉鎖空間が出来てきてしばらくバイトが終わりそうにないですね」と皮肉を込めて俺に言ってきた。
良いじゃないか。お前の超能力とやらを見せれる機会が増えて万々歳だろ。
ていうか閉鎖空間が出来たのは俺のせいかよ。
ハルヒが機嫌が悪くなると大体世界がおかしくなる。そうしたら俺はハルヒに対して素直に頷いとけばいいのか? アホくさい。ご生憎お前ら奇人組と違って、ハルヒに対してイエスマンに俺はなれないそうにないんでね。
「……」
「なんか言えよ!」
「バイト、辞めたい」
長門、お前もか。
ていうか無口のお前がなんのバイトしてるんだよ。単純作業の工場勤務か?
「ふぇぇ~ん。シフト入れなかったら怒られたです……。バイト辞めたいです……」
朝比奈さんも朝比奈さんでいつものメイド服で泣いている。これが日常風景になっているということが恐ろしい事態である。
「僕だって行きたくないですよ!なんで超能力者ってだけでバイトに行かなくちゃいけないんですか!」
古泉、お前マジか。
超能力者になったことを今更後悔するのか。
「お、お前らどうしたんだよ!」
「……のせい」
よく聞き取れなかった。多分俺にとっては不都合なことが長門の口から出てきたと思う。
だから俺は聞かなかったことにした。
「……なんだって?」
「涼宮ハルヒがこう望んだ。だからこうなった」
このままいくとコイツらもハルヒのように鬱病になって寝込んじまってSOS団は俺だけになっちまうってわけか。
そうしてSOS団は終わり。
いや、SOS団は学生バイト軍団として昇華するんだろうな。
……それだけは嫌だ。なんだかんだ言って俺もコイツらといることにようやく愛着が湧いてきたんだから。
「どうすれば治るんだ?!」
「あなたもバイトをして鬱病になればいい」
「やめろ……それだけは嫌だ……」
「えへへ~、キョンさんもバイトばっかして寝込んじゃえばいいんですよ~」
ジリジリと責め寄ってくる朝比奈さんの服の隙間から星のホクロが見えた。
「……」
長門もだんだん俺によってくる。
「さぁ、こっち側へ……」
古泉も詰め寄ってくる。
来るな。
お願いだからこっちに来るな。
俺をそっち側に連れていこうとするな!
「あんたのせいだからね」と、ハルヒはそう言った。
「やめろーーー!!」
「ハッ!」
随分悪い夢を見た気がするな。
いつものように頭が重いし、ベッドから起き上がろうとすると涙が出てきそうになる。
「まぁ、いいか……」
気合でベッドから出て半開きの目を無理やりこじ開け今日の予定を見る。
今日で8連勤目か……。あと5連勤も残ってる。
まだまだ休みには程遠いな。
休みには何をしようか。夕方まで寝てしゃみせんと遊ぶのもいいかもしれない。でも休みは一日しかない。
そう思うと溜息が出そうになったが、溜息が出ると幸せが逃げると思ったので堪えた。
「きょんくん、ともだちー」と妹が言うので下に降りてみるとバイトの制服に着替えたハルヒがそこに立っていた。
「キョン!バイトに行くわよ!」
いつものセリフだ。8日連続でこの言葉を聞いている。
いい加減聞き飽きたが、それはハルヒには言わないことにした。
今日のシフトには誰が入っていたのだろうか。
ハルヒと俺、古泉、あと……長門さんかな。古泉はまぁ別にいい。でも長門さん一緒に入っても話すことないから苦痛なんだよな。もっと話しやすくて可愛い女の子と被れたら幸せなんだけど。
早く朝比奈さんと被らないかなーなんて思いながら妹が用意してくれていたバイトの用意を手に取った。
「はいはい……」
なんて言いながら俺はバイトへと向かった。
今日も11時間労働か……。